Apr 01, 2011
汚れの種類やシミは、
汚れにはいろいろな種類があるとされていますが。 30代から40代に多く見られる汚れとシミがあります。シミは治療が難しい汚れも呼ばれます。シミは女性ホルモンと関係があるとされ、妊娠などによってさらに悪化するものとします。対称に頬や鼻の下のようなあいまいなの汚れとなっています。昔、母からモル数を数えるに増加していると聞いてからは、ほくろの数はカウントされません。今思えば、どこからそんな根拠があるのか知りたいです。実際に増加していると、複数の人が真っ黒になっていると考えるからです。カマキリも、場所によっては良いほくろもあると思います。目もとの近くにあれば、泣いて私たちのところもあります。
文京区では、東日本大震災で被害を受けて住む所に困っている人たちや、原発事故で避難指示などが出された地域からの避難者に対し、区立住宅などを提供することに決め、28日から3日間、応募を受け付ける。
提供するのは、(1)根津1丁目住宅(3人以上世帯)2戸(2)向丘職員住宅(女性向け)1戸(3)水道職員住宅(男性向け)2戸(4)同(世帯向け)1戸−の計6戸。根津住宅については、乳幼児・妊婦・障害者・高齢者のいる世帯を優先する。使用期間は当面6カ月。家賃・保証金免除。光熱費などは実費負担。入居は4月1日から。
申し込みは郵送やFAXも可(30日必着)。問い合わせは区住宅課(〒112−8555 文京区春日1の16の21 文京シビックセンター18階、(電)03・5803・1238、FAX03・5803・1358)。申し込み多数の場合は31日に抽選。
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【from Editor】
3月11日は忘れられない日となった。仙台市中心部の総局から車で20分も行けば、200人以上が犠牲となった場所がある。すぐそこに過酷すぎる現場がある限り、不便はあっても、五体満足の自分が「私も被災者」とはとても言えない心境だが、生かされたことには感謝したい。私事だが、あの日は誕生日。何かの縁(えにし)も感じた。
あのとき、総局に4人いた。非常灯だけの薄暗い部屋でかすかに通じる電話に飛びついた。総局員全員の無事を確認したのは15分後だった。その後、停電でビルは閉鎖され、徒歩10分の県庁記者クラブに避難した(2日後に復帰)。
問題は通信事情。頼みの綱は携帯電話でのショートメール。本社、総支局からの応援態勢の調整、記者の配置、紙面の検討、宿の確保、食料の調達、販売・製作関係者との調整、県庁、県警本部、市役所などとのさまざまな交渉…。業務は膨れ上がった。
取材も困難を極めた。太平洋側への道路は各地で寸断され、現場にはなかなか近づけない。大雪で車は思うように進まない。津波の恐怖との戦いもあった。余震の度に記者に情報を伝えることも「前線基地」の役目となった。
取材陣は早朝から夜遅くまで現場を歩き、被災地の「今」を伝えている。家族の絆の強さ、避難所での助け合う気持ち、前を向こうとする懸命な姿、何も手につかず、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす人…。さまざまな場面を紹介した。80歳の祖母と16歳の孫の「奇跡の救出劇」はすさんだ心を明るくさせた。
だが、肉親を亡くし、家を失い、期限がない避難所生活を強いられている事実はあまりにも重い。応援組には経験の浅い若手記者が多い。被災者からの思いを受け止めながら、「生と死」、もっと言えば人間の根幹をも感じる取材となっている。
東北の持ち味まで失われかねない。日本を支えてきた漁業やあふれる自然。松島や三陸が誇る美しいリアス式海岸は大きなダメージを受けた。東北に対するイメージダウン、それがとてつもないものになってはならないと思う。
今年、東北はがんばる年になるはずだった。東北新幹線の全線開業で6県の県庁所在地が新幹線で一つにつながった。観光面での発展をめざして連携した「オール東北」態勢を築く矢先だった。
「がんばろう、東北!」。そんな言葉が聞かれる。ならば今、まずは東北こそが一つになる時。それもまたしっかりと伝えたい。(東北総局長 工藤均)
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11日の東日本大震災を境に、世の中がすっかり変わってしまった。節電や停電で闇の深まる都会では、被災地のため「できることを」が合言葉。自粛ムードが高まり、打撃を受けている飲食や酒販業界でも支援の動きが目立ってきた。(重松明子)
22日午前11時。東京・銀座のラーメン店「一風堂TAO」前から3台のワゴン車が北に向かった。麺にチャーシュー、スープ…。1200食分のラーメン食材を乗せ、宮城県気仙沼市へ。
震災直後に結成された「ラーメン義援隊」による炊き出しの第2陣だ。男気と行動力で繋がるラーメン業界。義援隊には全国約600店が参加し、募金活動、炊き出し食材や人材の提供などを行っている。リストには名だたる名店がズラリ。
震災発生3日後。千葉市「麺処(どころ)まるわ」店主の石井貴啓さん(33)が、被災した祖父(87)の安否確認のため気仙沼入り。「被災者はわずかな乾パンなどで我慢していた。炊き出しに行けないか」と仲間に相談したところ、「われわれができることは、温かいラーメンで元気づけることだ」と話がまとまり、17日には早くも第1陣が出向いた。
義援隊長で東京・湯島「四川担担麺阿吽(あうん)」店主の水本タケヒロさん(38)は、「みんなおいしいおいしいと…。子供たちが抱きついてきたり、『もらった元気を必ず復興につなげます』と宣言してくれる人も。こちらが感激しました」。被災地行政などと調整し、来週にも実施される炊き出し準備に追われるなか、不安は放射性物質の風評被害だ。「水、葉物野菜、鶏とラーメンに不可欠な素材が影響を受け、今後経営が苦しくなる店も多数出てきそう」と水本さん。それでも、「力を出せる店が動いて、1年間は続けたい」と決意を語った。
◇
少しずつにぎわいが戻り始めた東京ナイト。新橋駅前ビル「名酒センター新橋店」を訪ねた。各地の地酒が1杯300円で立ち飲みできる気楽な店だ。なのに座って飲むサラリーマンの姿が…。カウンターの募金箱に「イスのご利用代金100円を被災地に寄付します」とあり、「せっかくだから」と多くの人が座っている。「今回の震災で蔵や酒販店が甚大な被害を受けた。何かできることをやりたくて」と武者英三社長(63)。
「酒なんて」と喪に服すムードが続いているけれど、被災地産の酒を飲むのも間接支援ではないだろうか。
イベントなどの中止が相次ぐなか、東京・虎ノ門のワイン専門店「カーヴドリラックス」では30日まで春のセールを開催中。売上金の一部と店頭の募金を日本ソムリエ協会災害支援基金を通じて被災地に寄付する。
客足は震災後半減。自社の契約倉庫のワインも大きな被害を受けた。セール延期も考えたという内藤邦夫社長(51)は、「このような状況下だからこそ、いつも通りの営業を続けることが、被災地のために私どもができること」と思い直したそうだ。
セール初日は開店前から50人が並び、イタリアやスペインのワイナリーからも義援金が寄せられるなど、「ワイン業界あげて支援活動の輪が広がっています」。
先日出向いた寄席で、落語家の桂文雀は「みなさん『今できることを…募金だ』とか言われてますけど、落語家が募金箱を持ったら危ないですね。その夜の打ち上げに飲まれちゃったりしますんで…」と注意を呼びかけウケていた。信頼できる活動に気持ちよく協力したい。
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